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人が死ぬということ

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去る4月6日、父が亡くなりました。

母が病院から連絡を受け取ったときは、すでに父は息を引き取っており、私が駆けつけたときは、遺体はすでに葬儀会場の控え室に移されていた。余命3ヶ月と聞いてはいたものの、その死が予想以上に早かったせいか、実際に父の亡骸を目の前にしても、なんだか現実感が無く、ただボンヤリと、母や姉が泣きながら語る父の入院生活のこと、そして明日の葬式の段取りのことなどを聞いていた。

明日の準備もあるので、家族はいったん帰宅し、その日は私ひとり、父の側で一晩過ごした。人がいなくなり、物音ひとつしない部屋。寝るにも早いし、かと言ってすることも無いもんだから、白布をとり、あらためて父の顔を見る。少し黄色がかった肌、うっすら開いた左目、虚ろに空いた口、死ぬ間際に店頭したときにできた鼻と上唇の傷、チョボチョボと生えた白いひげ、皺がよってたるんだ顎。肌の異様な冷たさ。その顔に最初は少し、恐怖を感じた。それは確かに父だったが、もう父では無かった。かつて父だったもの。父の形をしたもの。一切が完璧に、完全に静止した肉の塊。

そのあまりの静かさと安らかさに、ふと、今のこの死んでいる状態こそが人間の本来あるべき姿で、実は人が生きてる状態の方こそが異常な状態なんじゃないか、そんな妄念が頭をよぎる。もう恐怖は無かった。父の顔を見ながら、コンビニで買ったおにぎりを2個、食べた。そうしたかった。そうしなければいけない気がした。夜の葬儀場はひどく冷えたので、コートを羽織って父の側で眠った。

次の日、昼前に再び母と姉、兄、そして叔母と姉の子供(姪)が来る。昨日は憔悴していた母も、葬儀の準備や段取りの相談などでてんてこ舞いで、哀しんでる余裕が無いといった感じ。葬儀とは、遺族が悲嘆に沈まないように、あえて忙しくさせて気を紛らわすという効果もあるのだなと実感。千年以上も続く習慣には、続いてきただけの意味がちゃんとあるのだ、きっと。

午後から葬儀。生前の父の意志に従い、葬儀は家族のみ。さらに自分の葬儀に金をかけてほしくないということで、イオンの葬儀パック(これも父が選んでいた。トータルで40万くらい。)にお願いしたのだが、結果として、会場も綺麗だし、祭壇も予想以上に豪華、なにより葬儀社の担当者も終始しっかり対応してくれたので、何の不満も無い、良い葬式を送れたと思う。

そして納棺。母と私は霊柩車に載る。「プーーーーーーッ」という、長いクラクションを響かせて、車は動き出す。ああ、なんかテレビドラマで見たことのある光景だ。春うららかな昼下がり。満開の桜。母親と手つないではしゃぐ子供。初々しい中学生のカップル。いつも通りの田舎街の日常を窓から眺めながら、父の柩とともに斎場へと向かう。

斎場は死の匂いなど一切感じさせない、清潔で無機質な、まさに処理施設といった雰囲気だった。ここで最後の読経を済ませ、係員がカートで父の柩を運び、火葬場へ送るエレベーターに運ぶ。ボタンを推す。ウィィーンという音とともに、父の柩を乗せたエレベーターが上昇していくのを、合掌して見送る。

1時間後、骨となった父と対面。未だに熱を帯びた遺骨を、淡々と骨壷に詰めていく。もう父の面影も何も無い、白とところどころ茶色に染まった、無機質の骨。こうなってはもう涙も出ない。それでも骨壷に入れるために、父の骨を金箸で叩いて砕いたときは、かなり抵抗があったけれど。こうして全てが終わり、父の遺骨を抱いて家に帰る。家族全員疲れきり、食事も早々に、みんな早めに寝てしまった。いまだに父の死に、現実感がともなわないまま。



次の日、父が生前使っていた書斎に入る。父の匂いが未だに残る部屋で、本棚、ノート、描きかけの油絵、そして父が長年趣味にしていた写真。PCを立ち上げると、海外旅行や、姪っ子や、飼っている犬や、田舎の行事の風景を撮りためた大量の写真と、フォトショップで編集中のまま残されたデータの数々を発見。途中でトコトコと書斎に入ってきた姪っ子をヒサの上にのせ、一緒に父が撮った写真を眺めていたら、ふと、何だかよくわからない熱っぽい感情がウワーッとこみ上げてきた。

何もかもやりきって、何ひとつ後悔無く、一生を終える。そんな望みを人はよく口にするけれど。できねえよ。できるわけねえだろ。いつ死ぬかなんて誰にもわからない。毎日毎分毎秒、こめかみに拳銃突きつけてロシアンルーレットやってるようなもんだ。どれだけやりたいことがあって、やり続けても、100%確実にやってくる死が、それを無慈悲に取り上げてしまう。みんな何かをやり残して、途中で終わってしまう。良いも悪いも無く、ただそれが人間につきつけられた、無慈悲で不条理な現実なのだ。

でもそれだから、それだからこそ、生きている者は、生きている限り、その終わってしまう「途中」が少しでも先へと進んだ形にして次の世代に残していけるように、やりたい事を、やるべき事を、やり続けないといけないのだと思います。自分はなんの才能も無い愚かな人間ですが、こめかみにつきつけた拳銃が火を吹くその時まで、できることをやって、ほんのわずかでも先へ進んでいきたいと思います。自分の中に流れる、父の血とともに。




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