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無垢なるもの




父が亡くなってから、しばらく実家に残って姪っ子(5歳)の面倒を見てました。

というのもね、自分もそれまでは人が死んだら葬儀やって火葬してハイ終わり、くらいに思ってたんだけど、実は葬儀終わってからがむしろ長いわけで、弔問客の対応にはじまり、口座や保険の名義変更、不動産の相続、免許証やクレジットカードの停止手続きなどなど事務処理が山積み。母も姉も葬儀が終わった次の日から早速あっちこっちドタバタと忙しく、たいして役にも立たない私はとりあえず姪っ子の面倒を見ることに。

私は子供が苦手です。嫌いじゃなくて、苦手。3人兄姉の末っ子だったし、幼少の頃も年下の子と一緒に遊んだ経験がほとんどないもんだから、いまだに子供に対してどう振舞っていいのかわかんないんです。なので今まで姪っ子ともあまり接点がなかったっていうか、自分の方から避けていたトコロがあったので、今さら面倒みるっつってもなー、どうすっかなーという感じだったんですね。

ところがウチの姪っ子ちゃんときたら、こっちが逆に大丈夫かと思うほどにアクティブで人懐っこく、トコトコ部屋にやってきては一緒に絵を描け、ゲームしろ、人形遊びの相手をしろ、私の華麗な側転と逆上がりを見ろ、あと抱っこもよろしくなとガンガン来るタイプで、ああ子持ちの夫婦って大変なんだなあと思いつつ、でも基本的に自分から遊びを見つけて一人で盛り上がってるような子だったおかげで、子供が苦手な私も割とラクに相手ができ、そのへんはありがたかったんですが。

そんなある時、いつも騒がしい姪っ子の声が聞こえなくなったので、どうしたのやらと探したら、父の書斎に寝そべりながら、姪っ子が色鉛筆で絵を描いてまして。

私:「いったい何をしておるのだ?」
姪:「桜の木を描いてるの」
私:「ふーん。なんで?」
姪:「じいじ(父)死んじゃったから、桜を見せてあげたいの」

20140419003.jpg



自分、なんか、うわあああああああって、なっちゃって。うわー、すげえ。子供ってすげえ。感動を通り越して、あまりに純粋な感情に対する畏怖の念が沸き起こり、しばらく呆然と姪っ子が絵を描くのを眺めることしかできませんでした。桜の絵を書き上げた後、父の祭壇に飾り、ついでに「じいじも描いてあげよ」といって、父の遺影を見ながら絵を描きはじめた姪っ子。父は生前は姪のことを本当に可愛がっていたので、この光景を見たらさぞ喜んだと思います。


20140319002.jpg



この子も成長していくにつれ、人と言葉の中に揉まれ、いつしか感情も摩耗して、普通の大人になっていくのかもしれません。父のために桜を書いたことも、忘れてしまうのかもしれません。でも私は忘れない。たとえ姪っ子が桜の絵のことを忘れても、私はそのことを、亡き父を想ってくれた恩を、一生忘れない。何もできないかもしれないけれど、この先何があっても、自分は姪っ子の味方でいよう。そんなことを思ったひとときでした。





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