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インとアウトを分かつものとは? コリン・ウィルソン『アウトサイダー』

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自分はいったい何者なのか?

朝起きてパンをかじり、見慣れた風景をバスの窓から眺めながら会社に行き、1日の半分をたいしてやりたくも無い労働に費やす。本や映画やネットを眺め、何か面白いものがないかを無気力に探す。ベットに潜りこみ、自分はこのままでいいのか?とと不安になるものの、次の日の朝にはもう忘れ、また同じ1日を繰り返す。まあ、人生なんざこんなもんだろ。もう慣れたさ、ケセラセラーと適当に歌いごまかしてみても、それでも時々、「自分はいったい何者なんだ?」という問いがどうしても頭から離れなくなるときがある。そんなときに自分がいつも読み返す本、それが1956年にコリン・ウィソルンが26歳のときに書き上げた本書、『アウトサイダー』である。

本書はバルビュス、サルトル、カミュ、ヘミングウェイ、ロレンス、ゴッホ、ニジンスキー、ニーチェ、ドフトエフスキーなどなど、古今東西の作家や哲学者の作品・人生を「社会の外側にいる者=アウトサイダー」という斬新な観点で捉え直し、さらにその分析を通して「アウトサイダーはいかに生きるべきか」をとことん追求した。この作品によって、当時無名だったコリン・ウィルスンは一躍時代の寵児となり、日本でも中島らもをはじめ、数多くの青年に影響を与えたと言われている。

コリンは「アウトサイダー」を次のように定義する。アウトサイダーは現代の社会に違和感を抱え、よそよそしい非現実感を拭えず、どうしてもうまく溶け込むことができない。これといった才能も、伝えるべき感情も思想も無い。しかしそれでも世俗的な成功や幸福では無く、もっと高い次元の真理を、心からの自由を、生きる意味を求めてやまない人間であると。

そしてこれら「アウトサイダー」がみんな最後には挫折や迫害、発狂といった悲劇的な結末を迎えていることを指摘し、コリンは本書の中で問い続ける。社会に溶け込めなかった彼ら、アウトサイダーの人生は敗北しかないのか?どうすればアウトサイダーは充実した人生を送ることができるのか?

ワタシが初めて読んだ時は(もう20代後半だった)、自分に文学の知識が無かったせいでよくわからない所もあったけど、いやあ痺れた、痺れたよ本当に。だってまさに何の才能も伝えるべき感情も思想も無く、別に金持ちになりたいわけじゃないけど、かといって何になりたいのかもわからず、鬱々と引きこもってたオレに、「君はアウトサイダーなんだ!あの偉大な作家や哲学者と同じ人種なんだ!君は決して孤独じゃ無い!」って言ってくれちゃうんだぜ。そりゃ痺れるに決まってる。きっと昔の若者も、この本を読んでワタシと同じように血を沸らせたはずだ。ある意味、とても罪深い本だとも言える。

ただしコリンはアウトサイダーが救済される方法として「自分の情熱と自己探求欲を正しく統制する力を与えてくれる明確な行為を見出すこと」、「自己の最も深遠な目的を探り当て、そこに身を投じることを措いて他には無い」などを導き出すものの、ではその「明確な行為を、自己の最も深淵な目的を探り当てるには?」といった、具体的な方法については答えは出してくれない。初めて読んだときは、「焚きつけるだけ焚きつけておいて、最後は丸投げかよお!」と、そこが不満だった。でも最近改めて読んで、自分の考えがまた少し変わってきている。

いったい現代においては、誰がインサイダーで、誰がアウトサイダーなんだろう?例えば、リア充と非リア充とか?いや、リア充うんぬんは、突き詰めれば人間関係を構築するスキルの有無といった線引きでしかない。金持ちか否か?いや、それも結局は金を稼ぐ才能とスキルの有無という問題でしかない。

資本主義経済は停滞し、個人主義の蔓延で家族や他人との関係も希薄になった現代。宗教や思想の影響力なんてとっくに低下した今、ヒトは皆、心に寄るべき支柱を見失っている。さらに情報化社会に伴う価値観の多様化のおかげで選択の自由度は増えたものの、逆にそのせいで国民全員が共有できる「幸せのモデル」をも失ってしまい、みんなが「自分の生き方は正しいのか?実は間違ってるんじゃないか?」と不安に駆られている。そんな21世紀の現代では、もはや何が社会におけるインサイドで、何がアウトサイドなのか、その線引きすら難しい。

つまり現代の人間は全てアウトサイダーになってしまったとも言える。「アウトサイダーはいかに生きるべきか」というコリンの問いは、特に現代では「全ての人間はいかに生きるべきか?」という、もはやあまりに漠然としていて、それゆえに誰も答えの出せない問いになり果てているのだ。

コリン・ウィルソンは本書『アウトサイダー』以降も、宗教、SEX、心理学、至高体験、オカルト、殺人、古代文明などなど幅広い分野に渡って100冊以上の本を書き、2013年12月に82歳でこの世を去った。毀誉褒貶の激しい人生だったらしいが、「人生を退屈から開放し、充実したものにするにはどうすればいいのか」を一貫して考え続ける姿勢は変わらなかった彼の生き様に、アウトサイダーとしての生き方の1つの答えがあるように思える。すなわち、考えてからでは無く、考えながら行動すること。批判や失敗を恐れずに、自分を信じること。そしてそれらを、ひたすら愚直に続けること。26歳の若者の情熱が込められた本書『アウトサイダー』は、きっとこれからも読み継がれ、青春の書として輝き続けるだろう。才能も感情も思想も無い、全ての無名のアウトサイダー達によって。




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